2012/12/31

真實

從高雄回來的那天晚上,我夢見爸爸拿零用錢給我。雖然我已步入工作職場六年多了,但每次回家他還是會拿一整筆大鈔給我「作所費」。每次在來回的推辭與堅持之後,我都收下來,回台北就存入銀行。不過,這次回家,因為退休金的問題,還有家裡多了哥哥兩個小孩的花費,爸爸沒有多餘的錢給我。

可是我以為爸爸還是給我了,那個夢好真實。我還摸了摸新鈔的邊角,食指還留著點數鈔票觸碰的粗糙感。我記得當時我正一邊看顧睡著的哥哥小孩,一邊整理存放了三十年終於決定要回收了的提早寫作本。爸爸走進房來,小心不踏著嬰兒,把錢拿給我,像以前許多次那樣,只說:「這給你。」我也像以前許多次那樣,說:「唔免啦。」結果也如以往那許許多多次那樣,他把錢一放(把錢一放而不管最後錢放在哪裡)就又走出了房間。

我記得我像以前那樣,把錢夾進書本裡,以免折痕使自動存款機無法辨識,就這樣又回到一個人的台北。

於是當我拿著提款卡,準備把錢拿去存時,卻發現我找不到那些夾在書頁裡的千元鈔。「糟糕!」我想恐怕是誤夾入提早寫作本,結果當成廢棄紙類資源回收了。我不敢打電話回家告訴媽媽,要她慢點兒把本子拿去回收,要她去翻一翻是不是書中真有黃金屋。我深怕一問之下,早已枉然,而徒增了二老的怨懟。我又想像出另一種比較幸運的可能,當時好像嬰兒翻了個身,於是我來不及收好錢,就是哄嬰兒,因此錢掉進棉被裡了。

當日晚上當媽媽打電話來時,我小心翼翼、迂迴曲折地請她洗被單時要注意。沒想到她卻對我說:「冇啦冇啦,妳忘了我問過妳,爸給妳錢沒,爸沒給妳錢啦,他退休金卡在立法院還領不到,現在沒錢啦。」我鬆了一口氣,卻也還半信半疑、慣性地說:「真的嗎?可是我覺得我摸到那些錢了耶,那些錢好像真的哦。」

「三八啊!」媽媽拿開話筒,扯起嗓子問爸爸:「汝有給伊錢冇?」

在媽媽心中,我根深蒂固地成了一個窮到連作夢數的鈔票都是真的前途茫茫渺渺的女兒了。而直至此刻我仍疑心,爸爸在電光火石的那一刻,選擇了一個令我安心的回答:「冇啊。」

2012/12/29

近來看的電影

很快地把最近看的電影列下清單,有空再來寫心得吧。

奪命金(港)
竊聽風雲-2(港)
聽風者(港)
王者之聲(英)
竊聽風暴(德)
逆轉人生(法)

沒怎麼看台片和日片,停滯期到了吧。

2012/12/26

幸福的味道

逃げていたまま時間を過ごしてはいけないと思うので、料理教室に通おうと決心しました。
これは二回目の作品、クリスマスのコップケーキです。

おいしそうじゃないんでしょうか。
まさか手作りのクッキーへの道に踏み込んでいくとは夢にも思わなかったんです。(笑うな)

まだ上手に作れないですけど、教室で香りを嗅ぐと、幸せなという思いが湧いてくるのを楽しんでいるんです。もしこのように進んでいくと、ほんとうに幸せになれるかなと信じます。

では、良いお年を。


2012/6/2

一杯のコーヒーから

照片裡山巒層疊,彷彿水墨畫一般流洩出寂靜的跫音,不過這也還是台北喔。這是在某日清晨在宿舍頂樓用手機拍下的照片。

有天,一起讀諸子百家的「學人」提到他對於中國知識分子尋找知音的習性感到好奇,舉例來說:九流十家、文人集團等等凝聚而成的小圈子,在哲學史或文學史上數見不鮮。是啊,在同時代裡需要找到知音,譬如韓愈、柳宗元、劉禹錫、元稹、白居易等;但是中國文人卻又似乎寧可自己是孤獨的,瑟然的背影會替詩文添抹蒼勁,於是在同代知音難尋時,歷史洪流裡總也有哪個孤獨的哲人像自己一樣,咀嚼著寂寞的心事;若是往上也找尋不到可比附的對象,那麼中國文人的心理又似乎堅強暢旺無比,他們又說服自己總會有個哪裡來的晚生小輩,孜孜檢閱浩瀚史冊,翻出泛黃的一頁,跨越時空限制,與自己心神相交。

陰雨又病懨懨的週末下午,我點查著自己隨手亂拍的照片,忽然神遊至此,想起這段課堂上不過一兩分鐘光景簡短的討論。何必總得是人才能引為知己呢?山水亦為知音,亦足以與言啊!

2012/6/1

臨別贈言

昨天是春季班最後一天,也是學年班的結束。和早上第一節《古文觀止》兩名搭配起來很妙的學生(以下代稱為大哥和小妹),一起渡過這個學期。

記得開學第一天,問他們這學期的理想目標是什麼。大哥說:「我一直有個願望,老師您知道有個文言文維基百科嗎?我希望我可以替它們寫一個文言文的介紹。某個人啊,某個故事什麼的。對了,我一直想把一個美國的兒童故事翻譯成文言文。譬如:if you give a mouse a cookie, he will ask for a glass of milk...是不是可以翻成『若以餅食鼠,其必復求觴乳』?」

大哥滔滔不絕地說完志向,我還來不及反應之際,小妹雲淡風輕地滴下幾滴冰涼透心的冷水:「噢,我沒那麼高的目標,我只要多看就可以了,我比較喜歡看一些故事,不要看太抽象的道理。」

於是我替他們選了國人必讀的名篇,如〈桃花源記〉、〈陋室銘〉、〈師說〉等作為語法鞏固的基礎,再加上《歸田錄》、《幽夢影》等筆記性質較濃的資料,培養文言閱讀的語感。戰戰兢兢地開始這個學期。

大哥與小妹備課普通,不致於不備課,但也非常能體現五柳先生的精神──「不求甚解」,也許這應該歸咎於我們在開學第一週就讀了〈五柳先生傳〉,使他們發現原來「句讀之不知」、「惑之不解」有時也是為中國人所頌揚的。比較讓人困擾的是,他們實在太早到教室了。八點十分的課,每每七點半不到,兩人就自行開了門進了教室,分享早餐,準備當日課程。這一點實在讓我非常不習慣,對於該間教室的江老師也頗感抱歉,害她必須遠避電腦室,不能先在自己教室休息。

上述此點是這門課我最不能克服的一點,但並不使我震驚。最令我震驚的是,我在開學之初根據以往經驗規畫的十週進度,竟然讓我在第七週赫然驚覺:「糟糕,材料好像不夠,要再加幾篇才行!」問題是他們二人的口語程度,並不如之間上的華裔學生,上課步調緩慢許多,一樣是十週的材料,怎麼會到了第七週就即將用罄呢?真是令我百思不得其解啊。我在電腦前一邊趕工編纂新講義,一邊苦思究竟哪個環節出了差池。忽然,我靈光一閃──啊,是了。之前的華裔班是冬季班,學生要從暖烘烘的被窩中爬到學校來上八點的課,真乃世界上最遙遠的距離,不可謂不艱辛。因此,即使他們下了重本,為了趕來上課不惜搭計程車穿越台大校園直奔本校大樓,但多半還是遲了十五、二十分鐘。而大哥和小妹雖然上課步調慢了一點,每天可是扎扎實實的五十分鐘啊!於是,同樣是十週的材料,到了這學期,七週就上得差不多了。當我悟透這一點時,還真有點啼笑皆非呢!於是,雖然編製新講義使我睡眠時間不足,整日焦躁不已,但一想起棋差的這一著,又覺得好笑了起來。

總之,在經歷了這一小段為學生所不知的插曲之後,在〈滑稽列傳〉淳于髡描繪的:「堂上燭滅,主人留髡而送客,羅襦襟解,微聞薌澤」「當此之時,髡心最歡」〝Wohoo~好high啊〞(大哥點評)的場景中,這學期終於要進入尾聲了。前一日請二人試試用文言寫下本學期上課的心得,或給同學老師們的贈言,分別寫在白板上,大哥依舊權威風範,小妹不改稚氣可人。啊,當此之時,吾心亦樂。學期終而師生皆樂也。然而學生知離校之樂,而不知為師之樂也;或可曰,學生知從師學古文而樂,而不知為師之樂其樂也啊~

2012/4/22

幸運が呼び込めるか

さて、考え方の話しはここまで置いておいて、別の話題に移る。「練習は完璧をもたらす」(Practice makes perfect.)とよく言われている英語ことわざは本当だろうか、ただ親が子どもを騙すために使われて、根拠のない言葉だけか、この言葉は真実なのだろうか?

実は、この質問を打開するために、科学者がピアノを弾く実験を行った。その実験には、2つグループがあった。Aグループのメンバーは毎日何時間もピアノを弾いていた。Bグループのメンバーはピアノを弾かず頭の中で弾くことを想像するばかりであった。その後、両方の脳が変わったかどうか観察した結果は、Aグループはもちろん、脳の中にその実験に関する部位が活発して、広くなった。意外なのは、Aグループより明らかじゃないが、Bグールプの部位も広くなった!つまり想像の練習をしただけでも完璧をもたらすわけである。

その通りで、始めの一歩というと、練習に限る。「快」を練習すれば練習するほど「快」になるんじゃないだろう。いつも自分がついていると思ったり、何回も何回も幸運に恵まれる体験を繰り返したりすると、愚痴をこぼさないようになると言えるのではないだろうか。

よって、幸運が呼び込めるか、呼び込めないか?答えは言わずと知れたものである。

2012/4/13

台湾人の名前

昔は、生活が苦しかったので、注意深く子どもの名前をつけるという空き時間がなくて、勝手に目に入ったもので子どもの名前にすることもあった。 「草」とか「水」とか「牛」までついた名前が多かった。 なお、田舎では「男尊女卑」の思想が強かったので、女の子が生まれると喜んでくれない場合もあった。 「生まれた以上、育てるしかしょうがない」という意味を表す名前が使われていた。「モチ」、「モヨ」がいい例だった。

政治の影響もその頃の名前に見つけられる。 大陸からの人々が台湾で子どもができたら、「この子は台湾で生まれた」や「しばらく台湾に滞在中」を強調する「台生」、「寄台」も採用されれば、「実家が懐かしい」とか「先祖様に思いを残す」という意味が含む「憶湘」(「湘」とふるさとの「郷」、発音が同じで)、「念祖」も登場した。

歳月が流れるにつれ、名前に戦争の跡も薄れてきた。 今、個人意識を追い求め、自己中心的な名前を選ぶ人もいるし、例えば、ある映画評論家は、鳥が大好きで、「李幼鸚鵡鵪鶉」に改名した。 メディアの力が高まるとともに、子どもの名前はセレブリティ、ブームに影響されるようになっていった。 有名人に似ている名前とかドラマの主人公っぽい名前とかは人々に愛用されるようになってきた。 よく言えば、名前によって人々の生活とか性格を推測することがおもしろくなるはず、悪く言えば、初対面の人の名前に「へえ、あんなに変な名前があるの」と驚かれることが多くなるんじゃないかと思った。

昭和天皇が「雑草という草はない。それぞれに名前がある」とおしゃったことがある。 一方で、名前を呼ばれたときには、人が間接的な手段によって無意識のうちに感情や考えをある方向に変化されるのはよく言われている。 では、親からもらって、ただ自分だけ使える名前が人のシンボルとして、真っ黒の夜空で星のように輝き出していると言えないこともないだろう。

2012/3/17

禪問

演員的身體控制滿厲害的。不過,在我看來,更值得注意的是這齣製作雖然比較像是面向對禪學有興趣的西方觀眾,對東方觀眾而言似乎過於淺顯,並沒有帶來更深一 層的思索或探問(事實上作品似乎並無哲學上的野心,根據節目單笈田所言,即席的問題並非以靈性或哲學為目標,而著重文字與思想之間的落差所帶來的娛樂價 值);但是由於實驗劇場的空間壓迫感,當舞台上的禪師拿著藤條叩問著觀眾:「上面的意義為何?」、「在竿子的頂端如何再往上?」、「是生?抑或死?」時, 沉默所擠壓出的不知所措與緊張感,在某種意義上似乎重現了禪僧與生徒之間的問難場景,而使得這些禪宗公案在現代劇場重現生機。

因此,在為數不多的禪宗相關作品當中,由於演出形式與規模,這齣製作在體現禪味上或可堪稱箇中翹楚吧。


2012/3/9

操偶師的故事

看著藝師在開演前全神貫注地重現修煉的儀式,給整場演出定下莊嚴的基調。隨著角色在人與偶之間穿梭,觀眾跟著重溯操偶師的家族記憶,雖有偶戲陪伴所帶來的歡 樂,卻也經歷因偶戲而牽連的橫禍。在時代的擺弄之下,當舞台上戲箱裡的戲偶被任意地拋出,重重地摔下之時,人似乎也無足輕重地浮沉於茫茫汪洋。

雖然有一點看不懂主角是如何重新振作,面對這曾經帶給他屈辱與挫折的技藝,但能看到最終操偶師能安穩地找到自己的定位,人與偶都得到細心的被對待,真是太好了。(中間部份實在太令人難過了)


2012/2/24

明天的這裡會有黎明嗎?

演後座談上,不少觀眾提出質疑,或尖銳(如,「我覺得整個表演方向錯了」),或委婉(如,「不知道編舞家對於少女情懷、單純等這些詞有什麼想法?」);甚至 於在散場的櫃台前也有觀眾再三確認問卷回饋表是否一定會轉呈演出團體,要不是電梯來了,我想他會在櫃台持續重複:「我很少看到這麼差的表演。」因為他進到 電梯裡也還一直抱怨著:「真是太差了,不是劇本的問題,是演出的問題。」

對於艾蜜莉狄更生(Emily Dickinson),我的認識是極其淺薄的,但那或許正足夠幫助我瞭解這個表演。一個三十歲之後決意離群索居的女人,儘管詩裡有再多自然的純淨、天真的 愛情,或者出版社用再多的花草裝飾她的詩集封面,絕對不適宜套用歲月靜好之類的評點。也因此,對於演出呈現詩人錯亂(或挫傷)的精神層面,絲毫沒有突兀之 感。或許爭議點就回到上述觀眾所提到的「表演」、「詮釋」了。

就我自己來說,由於已經看過很多次這位女主角的演出了,對詮 釋方式似乎已能預期「我將看到什麼」或「聽到什麼」。作為觀眾,從98年的《widow98浮 城奇書》(飾演一個未脫男孩子氣的佞臣),到03年《女兒紅》看她散發著母性光輝撫著肚子演個孕婦(若知道她的性別認同,套句冰倩的口頭禪:「真是見鬼 了!」)再來,05年《幸運兒》聽她壓扁的嗓子唱「免費的一天又重新免費又開張」,但到了09年《花與告別的愛情場景》,她的歌聲是整場音樂會的基底。而 現在,她居然跳起現代舞!也許這就是為什麼在節目單的介紹裡,不再稱呼她為演員,而是一個表演家的原因吧。當我看見她從左舞台走向右舞台,說著那些與死 亡、毀滅有關的台詞,然後精準地在音樂拍點滴下了淚水,那種表演的所散發出的能量與給予觀看者的衝擊,真讓人不由得讚嘆:「厲害!」

當然,「すごい!」是毋庸置疑的,而喜歡與否則是另一個有待回答的問題了。


2012/2/12

ワトソンズのミラー

今日、授業中、学生が「先生、ワトソンズのミラーはすごい!」って言った。

原因を聞いて、答えたのは面白かった。 本来、自分の肌がまあまあ良いと思っていたけど、週末偶然ワトソンズ店の中のミラーに、自分の顔を見て、死ぬほど大変びっくりした。

「私の肌がひどく悪い!月球みたいな…」

最後、千元ぐらいのスキンケア品を買っちゃた。 「ワトソンズのミラーは異常にされてた、絶対!」お客さんにもっともっと買わせるため、その結論を出した。


2012/2/4

ユニクロ

世界の衣料品市場に置いての売上高が四位として、会社登記の時、書き間違って、「UNI-CLO」から「UNI-QLO」に呼ばれているユニクロとは、一体どんな企業なのだろうか?

開 発から、店舗の企画までのすべてを自分で行うSPAという事業形態を採用しているユニクロは、他の会社より、消費者のニーズに応えられる。 ベーシックな 商品を提供するし、居心地がよく、利用しやすい環境を整備するし、購入した店舗を問わず、どの商品でも返品ができるし、ユニクロがサービス、品質、価格の 強みを消費者に理解されている。 それ以外、ユニクロもインナーなどは品質良ければ、ノーブランドでもいいんじゃないかという価値観を提案している。

その原因で、ユニクロの成功は当たり前そうだ。しかし、流行っているファッションが得れなく、失敗したこともある。その一方で、現在の不況にはユニクロがどう展開していくのか、注目しましょう。


2012/1/28

しましまとら





(六才の姪が二才の甥に置いてくれた”しましまとらの世話をする物語”。 甥の肚圍は布団のふりをされて、姪の本はベッドと見られた。)



しましまとら





(六才の姪が二才の甥に置いてくれた”しましまとらの世話をする物語”。 甥の肚圍は布団のふりをされて、姪の本はベッドと見られた。)



2012/1/8

Once in a blue moon

我記得,千禧年時台灣正式流行起「跨年」,而我因為總在排班,於是不論跟著觀眾或是夥伴們倒數,互道新年快樂,總也有某種積極意義的「跨」過了舊年,邁入 新年。但是,自從離開兩廳院後,跨年夜總是在夢境中靜靜地聽著遠方的伴隨著高空煙火爆破聲的人群歡笑,隱隱約約地明白:「啊,又過了一年。」彷彿舊式石英鐘的分針,非要等到無人挽留的時刻,才不情願地被挪擠至下一分。我去看三谷幸喜導演新作《ステキな金縛り》,正是去年的最後一天。跟著電影院滿座的觀眾們一起哈哈大笑,好像 自己絕非那倒楣透頂的丑角般,或許因為如此,才能夠再一次確認,即使在蹎跮窘困的視角仍有看出去的一片風景吧?雖然有點兒風馬牛不相及,但我想再看一次前 幾年的《亀は意外と速く泳ぐ》,再一次慶幸、肯定渺小與平凡皆屬不易。